全教は、6月9日に「運動部活動の地域移行に関する検討会議提言」に対する意見書をスポーツ庁に提出しました。
学校における運動部活動にかかわる多くの課題について様々な観点から総合的に検討されておられることに敬意を表します。とりまとめられた「運動部活動の地域移行に関する検討会議提言 」に関する全教の意見をお伝えします。
目次
1,中学校運動部活動の現状と課題
(1)運動部活動は、子どもたちのスポーツ要求に根差し、人間的成長・発達にとって重要な意義を持っている。
- 子どもたちの興味や関心にもとづいた自主的活動として、スポーツに関する知識・技能を身につけ、心身の健全な発達、民主主義的な人格・自治の力などを育むという重要な意義を持っている。
- 学年や学級の枠をこえた仲間とのふれあいや、自主的な活動を通じて貴重な体験を重ね、大きく成長する場となっている。また、教職員が一人ひとりの生徒理解をすすめ、生徒との人間的なふれあいの場としても貴重な場となっている。
- 多くの子どもたちが部活動への期待をもって進学し、学校生活での「居場所」となっている。また、生涯スポーツの契機となることも多い。
(2)勝利至上主義による指導や過度な練習により、身体を故障したり人格形成にゆがみをもたらしたりする場合がある。
- 勝つことのみを目的とした活動が行われることで、人間形成にとって重要な思春期・青年期の心のなかに極端な優越感や劣等感をつのらせ、連帯感や友情が育ちにくくなっているケースや、指導者による体罰や人権を無視した管理的指導や「いじめ」、ハラスメント問題等を起こす要因になっているケースがある。
- 長時間の過度な練習により、身体を故障し運動が継続できなくなったり、競技の楽しさ等を見失い燃え尽きてしまうケースが見られる。
- 部活動の本来の目的から逸脱し、子どもたちを管理・統制する手段となっているケースや非科学的な「根性論」が支配しているケースが見られる。また、顧問の特定の価値観を押しつける指導となっているケースも見られる。
- 授業に集中できない、家族との団らんの機会が減る、他の多様な文化・スポーツ活動に参加する時間がないなど、学習と生活にしわ寄せをもたらし、全面的な発達を阻害しかねない実態もある。
(3)教職員の長時間過密労働の大きな要因の一つとなっている。
- 2018年スポーツ庁「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」が示された以降も、平日の早朝練習や放課後の勤務時間外における指導および、休日や長期休業期間における指導を求められる実態がある。また、部活動時間は、技術指導のみならず、生徒指導・安全指導等で常に活動場所での対応を求められている。部活動顧問をしていることによる休日勤務は大きな負担となっている。
- 公式大会・対外試合への引率・指導や審判・役員業務、部活動指導計画の立案、会計処理等と顧問の業務は多岐にわたり、大きな負担となっている。少人数の部活でも、その業務は同様である。
- 多くの中学校で全員顧問制を実施しているなど、競技の専門的指導ができなくても事実上顧問を担当することが強要されている実態がある。
- そのため、授業準備や整理、自主的研究、あるいは休養や文化の享受など教職員としての活動にも大きな障害となっている。また、疲労が蓄積し健康を害し、家事・育児へのしわ寄せ、家族や親子の触れ合いも妨げられるなど人間らしい生活ができない。過労死に至るケースも見られる。
- とりわけ指導者(顧問)が専門知識や指導技術を持っていない場合は、教職員の大きな負担となっている。また、安全管理と事故防止について大きな課題がある。
(4)保護者の経済的負担が大きい。
- 多くの部活動で、公式大会や練習で使用する用具やユニフォーム、対外試合等に参加する際の交通費等は自己負担となっており、保護者に多額の負担が強いられている。
- 学校予算での部活動運営費のみでは運営ができないため、別途部活動費等が徴収されている。経済的な理由で希望していた部活動への入部をあきらめる生徒は少なくない。
2,問題の背景と要因
(1)教育課程との関連や位置づけがあいまいであり、教職員の自発的な活動に頼っている。
- 1977年中学校改訂学習指導要領において、「学習指導要領に示された教育課程の基準としての内容のクラブ活動には含まれない」ものとされ、また1989年中学校改訂学習指導要領では「部活動への参加をもってクラブ活動の一部または全部の履修に替えることができる」とされている。2008年中学校学習指導要領では「生徒の自主的、自発的な参加によりおこなわれる部活動については、スポーツや文化及び科学等に親しませ、学習意欲の向上や責任感、連帯感の涵養等に資するものであり、学校教育の一環として、教育課程との関連が図られるよう留意すること」とされたが、部活動は教育課程外の活動であり、教育課程との関連はあいまいとなっている。
- その上で、教職員の自発的活動に依拠した教育活動として、職場における集団的民主的議論を経ずにそれぞれの顧問まかせにされてきたことが、現在表出している部活動の問題の根底にある。
- 生徒の自主的自発的活動でありながら、事実上教職員の指導・管理下での教育活動となっている。また、教職員の業務には明確に位置づけられていないが、勤務時間内外での事実上の勤務となっている。
(2)部活動の実績が学校や教職員への評価となっている。
- 高校入試の多様化・多元化や「特色化」づくりのもと、私立・公立高ともに部活動の実績が入試選抜の重要な基準等にされている。そうしたなかで「部活動さえやっていればいい」などと考える生徒・保護者も多い。
- 部活動実績が学校の評価となっている。また、多くの自治体で教職員評価の基準項目に部活動指導があげられている。部活動実績が教職員の評価につながっていることは多くの問題の要因となっている。
(3)対外競技基準の緩和をおこなったこと。
- 部活動の対外競技基準について、昭和54年文部事務次官通知により「中学校の対外運動競技の行われる範囲は、都道府県内を原則とする」としていたものを、平成13年文科事務次官通知では「都道府県内における開催・参加を基本としつつ、地方ブロック大会及び全国大会については、(中略)それぞれ年間一回程度とする」とするなどの対外競技基準が緩和された。また、オリンピックや国体などでの好成績を第一の目的として、小学生・中学生の選手養成機関への参加や、中学生の国体や国際競技への参加を可能としてきた。対外競技参加基準が緩和されてきたことが、部活動の過度な活動の要因となっている。
(4)スポーツ活動の要求に応える社会教育の施設・指導体制が極めて不十分である。
- 社会教育において子どもたちのスポーツ・文化活動の要求に応える取り組みは、多く場合民間に依拠しており、保護者の経済的負担や送迎などに関わる負担は極めて大きい。
- すべての子どもたちを対象にし、発達段階や身体状態等を踏まえた指導を行う条件が整備されていないことが、学校における運動部活動の問題の要因のひとつとなっている。
3,休日の中学校運動部活動の地域移行についての意見
(1)すべての子どもたちのスポーツ要求を権利として保障する立場を明確にし、社会全体で担うことが必要。
- 地域移行する場合においても、これまで学校における部活動が担ってきた重要な意義をふまえ、希望するすべての子どもたちが参加できるよう環境を整備すること。
- 地域における活動においても、その参加は、子どもたちの願いにもとづく自主的自発的なものであることを明確にすること。
(2)すべての子どもたちのスポーツ要求を保障するために、国や地方行政が責任をもって環境整備をおこなうことが必要。
- 受益者負担でなく、希望するすべての子どもが参加できるよう環境整備をおこなうこと。経済的理由で参加できない子どもたちがないよう、原則無償での参加を保障すること。
- 市町村などの自治体への丸投げでなく、国が責任を持って財政保障をおこなうこと。
- 営利目的の民間団体丸投げでなく、公的施設・設備の拡充により持続可能な体制整備をおこなうこと。指導員の賃金や労働契約の確立など労働法に基づく整備をおこなうこと。
(3)地域におけるスポーツ活動においても、体罰・暴力をなくし、過度な練習などを防止するための措置を講じる必要。子どもの意見を聴き、子どもの自主的自発的活動を保障し尊重することが求められる。
- 勝利至上主義でなく、すべての子どもを対象にし、発達段階や特性ふまえた指導がおこなわれるよう対策を講じること。
- 心身の過度な負担予防や科学的練習方法の導入や医療分野・競技分野等の専門家による科学的知見の導入などのため、指導者の研修体制を確立すること。
(4)教職員の長時間過密労働解消につながる措置を実施することが求められる。
- 学校における部活動は教職員の自発的活動に依拠した教育活動であることを踏まえ、教職員が顧問を強要されることがないよう徹底し、全員顧問制の見直しをおこなうことができるようにすること。
- 教職員評価制度の評価項目に部活動の指導実績や意欲などの項目を設けないこと。
- 地域における活動の指導を安易に教職員に委任することのないよう対策を講じること。
- 教職員が希望して「兼職兼業」の許可を得て、地域における活動の指導にあたる場合、教育委員会や校長は校内における労働時間と通算し把握・管理すること。その際、「上限指針」を遵守すること。
- 地域におけるスポーツ活動の学校施設の利用に際し、指定管理者制度等を活用し当該教職員が対応することのないようにすること。
- 地域におけるスポーツ活動の指導者による大会引率を可能とすること。
(5)高校入試における部活動の実績の「調査書」への反映などのあり方を見直すことが求められる。
- 地域におけるスポーツ活動の実績や活動の様子を教職員が情報収集することは困難であり、高校入試の調査書への反映などのあり方を見直すこと。
- 学校や地域にかかわらず部活動に参加していないことや中途退部または転部したことをもって不利に扱うことがないようにすること。
(6)各種大会の在り方の見直しをすすめることが求められる。
- 当面、中体連全国大会を廃止するなど、勝利至上主義、過度な活動の抑制の観点から抜本的に全国大会のあり方の見直しをおこなうこと。
- 競技団体主催大会についても、全国規模の開催を制限するなどの見直しをおこなうこと。
(7)上記をふまえ、すべての子どもたちのスポーツ要求を権利として保障することができる条件整備をおこなった上で、各地域や子どもの実態を踏まえた教職員・地域でのていねいな合意づくりを前提とし、拙速な地域移行をおこなわないこと。
- 「検討主体」とされている市町村の「協議会」の位置づけを明確化するとともに、各地域の保護者・教職員・地域住民などの意見が反映されるものとすること。
- 地域における活動をすすめるにあたっては地域の実態をふまえた多様な方法を尊重すること。
- 関係者との合意を踏まえ、日程ありきの拙速な地域移行を押しつけないこと。
- 学校における部活動を実施するにあたって、教職員の長時間過密労働解消につながる措置を講じること。