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「ICTありき」でなく、子どもの成長・発達と学校の実態ふまえたとりくみを

2021年3月24日、全教(全日本教職員組合)は、「『ICTありき』でなく、子どもの成長・発達と学校の実態ふまえたとりくみを=『GIGAスクール構想』など『教育のICT化』について」≪第一次討議資料≫を発表しました。

「GIGAスクール構想」にもとづく「1人1台端末配備」がすすむもと、「とにかくICT化を」とするのでなく、少し立ち止まって、子どもの成長・発達のためにどんな課題があるのか、教職員、父母・保護者、教育関係者などで集団的に検討・議論することを呼びかけます。この討議資料がその一助となることを願います。


目次

はじめに

2021年4月から、全国の公立小中学校に「一人一台端末」が配備され、「GIGA スクール構想」にもとづいた ICT 活用が促進されようとしています。当初文科省は、2023年度に通信環境を整備するとしていたものを、コロナ禍におけるオンライン学習の推進を求める声を背景に、「1人1台は令和の学びの『スタンダード』」(文科省)として「前倒し」しすすめています。「とにかく ICT 化を」と前のめりの姿勢です。

しかし、一人一台端末配備だけにとどまらず、教育のあり方を根本から変えるものであるとともに、教職員の働き方にも大きな影響を及ぼします。また、民間教育産業の歯止めない公教育への参入や、教育格差の拡大など多くの課題があります。同時に、「デジタル庁」設置などによる個人情報保護制度の改悪などの動きとも関連しています。

新しい科学技術を導入し活用するにあたっては、社会的・法的・倫理的な課題を総合的に解決しすすめられる必要があります。「教育のICT化」については、子どもの成長・発達のためにどのような課題があり、その有効な活用はどうあるべきかなどの充分な検討が必要です。学校現場はもちろん、父母・保護者、教育関係者、地域とともに、集団的な論議を行う場をつくることを呼びかけます。本討議資料がその一助となることを願います。

1.「教育のICT化」は子どもたちをどこに導こうとしているのか

ICT活用の推進は、「Society5.0に向けた人材育成」として、首相官邸や経産省・財界により先導してすすめられ、「学校ICT環境整備の抜本的充実」が打ち出されています。出発点は子どもでなく、経済対策としての「専門人材」の育成をねらってすすめられていることに留意する必要があります。(*1)

(1)「個別最適な学び」が「孤立した学び」に陥る危険性

経済産業省が、AIによる「公正に個別最適化された学び」(経産省「未来の教室」EdTech研究会)を打ち出したことを受け、中教審は「個別最適な学びと協働的な学びの実現」(中教審答申)の推進を方向づけました。国連子どもの権利委員会(*2)が日本政府に対し厳しく改善を求めるような競争的な環境のもとでは、「個別最適な学び」は「孤立した学び」となり、結果的に「身の丈に合った」教育となる危険性があります。ひとり一人がPCに向かい、AIのアルゴリズムにより、個別に「最適化」された学びに陥ることが危惧されます。ICTにより序列化し管理しながら、「主体的・対話的深い学び」をすすめることは不可能です。

(2)学びのデータなどあらゆる個人情報を蓄積・管理・活用すること

中教審答申は「教育データの蓄積・分析・利活用」を強調しています。すでに小学校から「キャリアパスポート」として学びの記録を蓄積し、「eポートフォリオ」などが入試に活用されています。また、学習指導要領のコード化(*3)や教育データ標準化(*4)もすすめられています。さらに、ICTによる学習履歴や学校健康診断データの蓄積と活用(*5)がすすめられようとしています。

学習履歴や健診結果などの個人情報を保護される権利は基本的な人権です。個人の人格尊重の理念の下に、極めて慎重に取り扱われるべきです。改訂学習指導要領は「資質・能力」の柱として「学びに向かう力・人間性等」を位置づけ、観点別評価項目に「主体的に学習に取り組む態度」が示されています。考え方の変容や人間性・態度などについて、幼児教育から高等教育までの個人の内面に関わる個人情報をビッグデータに蓄積し、民間教育産業のみならず、IT企業や国・行政が利活用することを可能とすることには大きな危険性があります。子どもたちに「デジタルトゥー」(*6)を押しつけることになりかねません。

(3)子どもたちの心と体へ深刻な影響

ICTの活用推進は、インターネットやSNS利用の促進につながり、子どもの生活や健康に重大な影響を与えます。この間、スマホやICT端末・インターネットの過度な利用による依存症や精神状態への影響、または、脳や視覚神経の発達などへの影響に関する多くの研究が発表されています。(*7)しかし、中教審答申において「児童生徒の健康面への影響にも留意する必要がある」とするのみで、その実態把握の手立てや対策は示されていません。

文科省は教育のICT化とネット・ゲーム依存などとの関連なども含め、子どもの生活や健康に対する全体的な影響をあきらかにし、具体的な対策を検討する必要があります。

(4)民間教育産業の歯止めない参入、指導方法の画一化の恐れ

公教育への民間教育産業の歯止めない参入を招く危険性があります。同時に、子どもや地域の実態から出発した多様で柔軟な授業づくりが困難となることが懸念されます。

デジタル教科書や既成のデジタル教材活用推進により、これまで蓄積されてきた指導方法などが排除され、特定の指導方法に画一化される可能性があります。文科省は2024年度のデジタル教科書の本格導入を計画していますが、あまりに拙速です。また、発行業者の寡占化により教科書の多様性を喪失し、結果的に国家統制の強化につながりかねません。全国学テのCBT化(*8)のみならず、日常のあらゆる学習やテストのCBT化をすすめることも検討されています。授業やテストで子どもの実態をふまえた工夫や配慮をおこなうことが困難になる危険性があります。

(5)特定の教育内容の押しつけに

ICTの活用促進とあわせて、STEAM教育プログラム(*9)や小学校からのプログラミング教育などが推進されています。財界の求める「人材」づくりにシフトした特定の教育内容を押しつけるものです。

教育の出発点となるのは、子どもたちの現実の生活です。子どもと学校の実態をふまえた教材づくりなどが困難となる恐れがあります。

(6)教育格差をいっそう拡大させる恐れ

一人一台端末配備により、家庭学習での端末の活用が想定されています。しかし、各家庭での通信環境は様々であり、大きな格差があります。昨年のコロナ禍における休校期間でも、双方向のオンライン学習の実施は約4%にとどまりました。家庭での通信環境の格差がそのまま学びの格差につながる危険性があります。高校での機器購入自己負担(*10)やBYOD(*11)をすすめる動きは、家庭の教育費負担増になるとともに、教育格差拡大につながります。

2.教職員の負担の増加と地方教育財政の課題

(1)教職員のあり方の変質、教職員削減の口実にさせない

中教審答申は「ICT環境の整備が進んだとしても,教師としての基本的な役割が変わるものではない」としながらも、「ICT活用指導力を明確化する」とし、「現職の全ての教師に求められるICT活用に係る基本的な資質・能力を示した『教員のICT活用指導力チェックリスト』」の活用を求めています。

ICTの活用能力が教職員の「資質・能力」として一面的に強調されることで、「人格の完成」を目指し、子どもたちの発達や生活をつかみ願いを受け止める教職員の専門性が根本から奪われる危険性があります。直接子どもたちとかかわる実践が後景に追いやられることが危惧されます。また、教職員を削減するための口実とさせる恐れもあります。

(2)教職員の負担増について

文科省は、ICT支援員を配置するとしていますが、4校に1人程度の配置であり、すべての学校での機器の配置・設定や管理・保管等に対応できるものではありません。多くの学校から「機器が入ったが、設定や保管場所確保に振り回されている」(全教アンケート調査)等の声があがっています。また、全国一斉での使用が可能となる環境を確保できるか懸念されています。担当する教職員や専門的な知識・技能を持つ特定の教員へ負担が集中することも予想されます。

(3)地方教育財政の課題

「GIGAスクール構想」の拡充として国の予算に示されているのは、端末整備や学校ネットワーク環境整備・家庭学習への通信機器整備支援などで、機器の更新やメンテナンス・ソフト購入などの費用負担はありません。すでに多くの自治体から配備後の機器更新やソフト購入の費用負担を懸念する声が出されています。今後地方自治体の財政を圧迫し、必要な費用が確保されなくなることが危惧されています。

3.ICT活用を子どもの成長・発達のためのものとするために

(1)ICT活用を自己目的化せず、成長・発達を保障する「ツール」として

すでに各地の教育委員会による研修会などで「ICT活用でこれまでの教育を変える」「すべての活動でICTを」などとされています。「小学校1年生でひらがなも習っていないのに、パスワードを覚えさせられている」などの実態もあります。「とにかくICT活用を」と、その活用を自己目的化することは、教育を歪めます。

中教審答申でも「ICTを活用すること自体が目的化してしまわないよう,十分に留意することが必要」としています。拙速なICT活用の推進でなく、これまで積み上げてきた教育理念や教育技術・方法を大切にしながら、「そもそも教育とは?」「学校の果たすべき役割は?」「子どもの生活や健康への影響は?」などの議論を深めることが必要です。子どもたちの成長・発達のための「ツール」として有効な活用方法を集団的に検討することが必要ではないでしょうか。

(2)子どもの実態を踏まえた自主的な教育課程づくりを。

有効な活用方法など、集団的に議論を何よりも、子どもの実態を踏まえた自主的な教育課程づくりをすすめ、有効な活用方法を検討することが必要です。その際、次の観点で検討することを提案します。

ア)子どもの発達段階をふまえたとりくみを

子どもの年齢や発達段階・健康状態に応じた活用やルールづくりが必要です。また、障害のある子どもの特性に応じた検討をおこなうことは重要です。機械的にデジタル教材を活用するのでなく、子どもの実態と発達段階をふまえた活用をすすめることが求められます。

イ)教育の専門家として専門性をいかした授業づくりを

デジタル教材の活用が推進されるもと、教育の専門家としてその専門性をいかした授業づくりがいっそう重要です。ひとつひとつの学校で、子どもの実態をふまえた自主的な授業を創造するとりくみをさらにすすめることが求められます。

ウ)子どもの個人情報を守ること

国や行政、民間教育産業などに教育データが集積・管理される危険性があるもとで、子どもたちの個人情報を守ることはICT活用の大前提です。そのために必要なルールの確立と環境整備が求められます。個人情報を守ることができない恐れがある場合は、教育委員会や民間教育産業に対応を求めることが必要です。

エ)すべての子どもたちの効果的な活用を保障する環境整備を

ICT機器使用についての習熟度合は子どもによりおおきな差があります。また、家庭でのデジタル環境に格差があることをふまえた対応が必要です。すべての子どもたちが効果的に活用できるような環境整備を求めることが必要です。

オ)メディア情報リテラシーの育成など、子どもが主体となる活用の探求を

SNSは社会インフラとして子どもたちの生活に深く影響を及ぼしています。子どもたちは多くの情報にさらされるとともに、その中には「フェイクニュース」も含まれています。そのもとで、メディア情報リテラシーの育成が求められます。個人情報を保護するとともに、子どもが主体となってとりくむことができる情報リテラシーをどう保障するかの議論と検討が求められます。学びの主体は子どもであり、何を「最適」とするかを決めるのは子どもです。ICTの活用も子どもたちとともに考えるとりくみをすすめましょう。

(3)教職員の負担過重となり長時間労働の要因とならない対策を。

ア)必要な教職員の増員・配置を

ICT機器の配置・管理・使用方法の確立などについて、教職員に多くの負担がかかっています。拙速な配置や活用をすすめるのでなく、ていねいに活用をすすめることが必要です。また、そのために必要な教職員の増員を求めましょう。

イ)すべての教職員が共同して取り組むことができる環境を整備すること

ICTの活用に関して、教職員の世代間により捉え方や機器への対応技能等に違いがあると言われています。すべての教職員が共同して取り組むことができるよう、必要な研究をおこなう時間を確保し、集団的な議論をおこなうなどのとりくみをすすめましょう。


1.「Society5.0と言われる超スマート社会が到来しつつあり(略)これらの分野における研究開発や専門人材の育成確保の面で、最先端にある国々に比べて大きく立ち遅れ」「教育を通じて必要な資質・能力を育成」(教育再生実行会議第11次提言)「民間教育発の教育イノベーションの波は広がり続け、そのインパクトは「教育現場でICTを活用する」といった次元に留まるものではなく、「学び方」そのものを変えるはずである。」「教育産業が提供するオンライン講義動画や公開無料動画のMOOCsは、誰でもどこにいても良質・一流・先端の講義にアクセスすることが可能になる。そしてAIのアルゴリズムは確認テストの結果をもとに『どの単元が理解できていないか』を探し当て、必要な単元の復習へと促してくれる。」(経産省未来の教室EdTech研究会第一次提言)

2.「社会の競争的な性格により子ども期と発達が害されることなく、その子ども期を享受することを確保するための措置をとること」「あまりにも競争的な制度を含むストレスフルな学校環境から子どもを解放すること」(国連子どもの権利委員会2019年勧告)

3.学習指導要領のコード化
「全国の学校で共通で用いられており、学校の学習内容の標準として国が示している学習指導要領の内容・単元等に共通のコードを設定することが必要」(文科省)

4.教育データ標準化
文科省の示す教育データ標準化の枠組みとして「データの標準化は、教育データの相互流通性の確保が目的であるため、あらゆる取得できる可能性のあるデータを対象に行うのではなく、全国の学校、児童生徒等の属性、学習内容等で共通化できるものを対象とする。教育データを、①主体情報、②内容情報、③活動情報に区分する。

  1. 主体情報…児童生徒、教職員、学校等のそれぞれの属性等の基本情報を定義。
  2. 内容情報…学習内容等を定義。(「学習指導要領コード」など)
  3. 活動情報…何を行ったのかを定義。(狭義の学習行動のみだけではなく、関連する行動を含む)

5.PHR(PersonalHealthRecord)
生まれてから学校,職場など生涯にわたる個人の健康等情報をマイナポータル等を用いて電子記録として本人や家族が正確に把握するための仕組み。「学齢期の健康診断及びその結果情報については,個人情報保護や情報セキュリティに配慮しつつ,迅速に電子化するべき」「政府全体の取組として進められているPHRの一環として,他の健診情報とつなげる」(中教審答申)

6.デジタル・タトゥー
一旦インターネット上で公開された書き込みや個人情報などが、一度拡散してしまうと、完全に削除するのが不可能であることを、タトゥーを完全に消すことが不可能であることに例えた比喩表現

7.例

例1

校種調査時期年齢スマホ等平均使用時間抑制(片眼視傾向)人数と率
高校201415~17歳約160分(2時間40分)27.0%
高校201715~17歳約225分(3時間45分)47.9%
「スマホ等の使用時間と両眼視機能低下の関係」(日本神経眼科期学会 2018年)

例2

中学生(女子)中学生(男子)高校生(女子)高校生(男子)
問題使用疑いレベル51.6%45.8%58.5%51.5%
依存疑いレベル6.2%5.1%5.2%3.9%
「中高生のインターネット依存度テストによるインターネットの依存度」(国立久里浜医療センター)

例3:「長時間使用により成績の低下した子どもの脳の中を脳画像検査で明らかにした。その結果、3 年間おいて2回撮影した画像を比較したところ、前頭前野を中心に脳内の6領域以上の部位に、発達の遅れが確認できた。スマホ等の長時間使用との因果関係が明らかになった。」(東北大学加齢医学研究所)

例4:WHO(世界保健機関)は、国際疾病分類に「ゲーム依存症」を認定。(2019 年承認、2022 年から実効)
主な診断基準(①ゲームをする時間や頻度を自分でコントロールできない、②日常生活でゲームを他の何よりも優先させる、③生活に問題が生じてもゲームを続けエスカレートさせる)

8.CBT
ComputerBasedTestingコンピューターを利用した試験の総称。2021年度予算案には「全国学力・学習状況調査のCBT化に向けた取組」として「約1万人の児童生徒を対象に、学校の端末とネットワークを活用し、CBTでの調査を試行的に実施」とされている。

9.STEAM教育
Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)を統合的に学習する「STEM教育」に、さらにArts(リベラル・アーツ)を統合する教育手法

10.高校での設置費用負担:設置者負担16自治体、保護者負担を原則15自治体、検討中11自治体(文科省2021年3月)

11.BYOD
Bringyourowndevice、従業員が個人保有の携帯用機器を職場に持ち込みそれを業務に使用すること

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